「ネット大国中国――言論をめぐる攻防」

ネット大国中国――言論をめぐる攻防 (岩波新書)

ネット大国中国――言論をめぐる攻防 (岩波新書)

今や4億5000万人以上がネットに接続する中国。中国ではネットはそのまま「網」として、ネット市民のことを「網民」と呼ぶのだとか。そこでは80年代以降生まれの若者たちが主役となって世論を動かし、政府にとっても無視できない存在となっている……。そんな中国のネット事情を活写した一冊です。


上記の通り、中国のネット人口は日本の4倍以上という大きなもの。反面、中国の言論と言えば、政府の規制・検閲というキーワードを抜きにして考えることは出来ません。先年、グーグルが中国からの撤退を決めたことも世界的に話題となりました。中国にも建前上は表現の自由があるのですが、それはつまり「共産党政権を揺るがさない限り」という制限つきなのです。その中でいかに主張をしていくか、このせめぎあいが中国網民の独特の文化を生み出していると、著者は豊富な事例をあげながら鋭く指摘します。


たとえば、同音異義語や当て字を使ってそれとなく政府批判をしたり、中央政府ではなく地方の役人の腐敗を糾弾したり、テレビの政府寄りのコメントを「やらせ」と暴いて批判したり。この辺のエピソードには読んでいて笑わずにはいられないものもあり、中国網民のパワーを感じさせました。


一方、中央政府側もただ規制削除するだけでなく、地方役人の腐敗については、むしろネットでの訴えに耳を傾ける姿勢も見せているとか。腐敗を厳しく罰することで「共産党は国民の声を聞いている」とアピールしているわけです。人気取りといえばそれまでですが、こうした点では、ネットは国民と政府、双方の役に立っていて、ただの対立関係とばかりも言えません。共産党はネットによる批判を恐れながらも、ネットの論調を操って政府への賛同を増やそうと苦心しているのです。


今春、ネットが大きな役割を果たした中東革命の余波で、中国でも民主化の動きが強まるのではないかという、日本や欧米諸国の期待が高まりましたが、著者の見立ては異なります。曲がりなりにも経済発展を実現し、中国を大国とした共産党に対する支持は、消極的なものも含めるとそれなりにあるためです。むしろ、共産党独裁とネットの対峙で、西欧的なものとはまた異なる形の民主主義が生まれてくるのではないかと期待を込めて締めくくっています。このあたりは中国で育った著者ならではの感覚かもしれません。



以前読んだ「中国動漫新人類」と同じ著者ですが、どちらも大変良書かと。内容はもとより、若々しくも丁寧な文章は、著者が70歳過ぎとは思えないほどです。