「車輪の国、向日葵の少女」日記 総評編

ちょっと進行スピードが落ちましたが、灯花ルート、夏咲ルートも終了したので総合感想にいきたいと思います。当然ネタバレですのでご注意ください。


*シナリオ
この作品の評判を支える根幹ですね。実に「読ませる」シナリオでした。特別高等人制度をはじめ、良く考えると相当に問題がありそうな設定も上手くプレイヤーに飲み込ませ、しだいに森田賢一に感情移入させていく手腕は素晴らしいです。特にジェットコースターのごとく、アップダウンを繰り返すハラハラドキドキ感は印象的でした。


以下、各章ごとに。


・第一章
主人公、森田賢一の異常な饒舌ぶりに引いたプレイヤーも多かったはずですが、最初に必要な事項をきっちりと説明しているのはさすが。ただ「南雲えりはなぜ殺されなければならなかったのか」が大きな疑問として残ります。法月の冷酷非道さや特別高等人試験の厳しさを示すためという意味ではその効果は十分にありましたが、あれはいかな法月先生とは言え、殺人罪にあたる行為ではないでしょうか? そもそもこの世界では「死刑」という考え方が否定されているはずで、試験に遅刻したら殺すというのは矛盾しているように見受けられます。そのへんのとこはどうなのか、製作者に聞いてみたいような気もしますねえ。


・第二章
おそらく一番出来の良い話ではないでしょうか。個人的にもさちのキャラクターが好きです。明るく頭が良く強く、怠惰で怒りっぽくワガママな、彼女の良いところと悪いところがきっちりと描写できていたのは評価の高いところ。ストレス状況下で周囲に当たるというのもなんだか気持ちが伝わってきました。一方でまなはほとんど完璧超人ですが、賢一すらそれに驚いていることで、「この子は特別なんだな」とプレイヤーとしても認識できましたから、物語を壊してはいません。できれば未完成でも描いた絵を見せて欲しかったですね。


・第三章
灯花は最初から最後まで優柔不断ですが良い子です。部屋でマンガを読んで笑っているあたりにも彼女の自然体を見ることが出来ます。だからこのシナリオは結局京子さんの話なんですよねえ。京子さんの不安定振りときたら、極端ながらも秀逸な描写でした。ただそれだけに、灯花があっさりと許して終わりというストーリーの流れは少々拍子抜けだったかと。あとこのシナリオにおいてどうも中途半端な扱いなのが灯花の実の両親で、果たして親権を剥奪されるような人々がそう簡単に変われるのか、それも手紙ではひどいことを書き連ねるようなことを今なおする人間が、です。実際法月先生の陰謀かと思いましたが、灯花エンドを見る限りではそんなことも無いようですし、う〜ん、この点は不満かなあ。


・第四章
幼い頃のなっちゃんはとても良いですねえ。というのはさておき、この章は内容以前の問題として、「そもそも恋愛禁止規定は無茶だろう」というのが引っかかってしまいます。単に「異性と触れない」だけならどうとでもなりましょうが、法月のように内心にまで禁止を強いるのは不可能規定だと思われます。物語のリアリティとしてはギリギリのレベルですね。まあそれでも崩れないのがさすがなんですけど。


なっちゃんは最後に来て豹変しすぎではないか、というのも疑問点。もともと明るい性格だったとはいえ、一度破壊された精神がそう簡単に復調するものなんでしょうか? まるで別人ですよ。健との再会と、法月の意志力試験に立ち向かったことが一役買っているのではありましょうが……。夏咲エンドは最後に見ましたが、やっぱりこれが一つのトゥルーだなと感じました。


・第五章
私兵で町を封鎖し、公開処刑の実行まで出来るなんて一体とっつぁんの権限はどうなっているんでしょうか。舞台が一つの町に固定されているので、「国」の全貌が伝わってこないのはこの作品の欠点の一つかと思われます。とは言え、この章は逆転につぐ逆転で燃えました。お姉ちゃん登場は別にトリック用いないで普通でも良いような気はしますが、それでもとことん驚きましたよ。


瑠々子エンドは夏咲エンドと並んでこの作品のトゥルーエンドでしょう。他のエンドでは「国や社会がどうこう」から離れてしまうことを考えると、唯一本筋であると言えるかもしれません。出来ればその先ももっともっと大きく書いてもらいたかったところですが、そのためにはあと何倍ものボリュームが必要になってしまうので、しょうがないですか。


日常(ハーレム)エンドは最後こそ甘甘ですが、そこに到る道のりは書かれていますし、「Hシーンが無いため妙に自然」なストーリー展開であることを結構評価してます。


*音楽・声
「溶解」「reason to be 2」「光の先に」「wacth out!」などが好きです。ただ、歌はOPとED、挿入歌といずれもあまり印象に残らず。総じて言えば「中の上」くらいの評価でしょうか。感動的場面での曲の威力はKEY作品の域には届きませんね。


声はみんな良かったと思います。でもできれば賢一の声も欲しかったなあ。ついでにふと思ったことなのですが、日常シーンでは声が合ったほうが良い反面、感動するシーンではないほうが素直に入り込めるような気がしました。これはこの作品に限ったことではないのですが、頭の中でシーンに浸っているときに声が聞こえると逆に「邪魔」なのかもしれません。


*演出・構成
近年の美少女ゲームには珍しく、特筆すべきような画面効果はありません。地味目です。瑠々子演説シーンでの絵の見せ方なんかは良かったと思うのですけどね。


しかしそれより何より問題は、2週目以降のエンド回収が作業になってしまうという構造でしょう。はっきりいってどうとでも対処できたような気がするのですが、こんなところが最大の欠点になってしまうとはもったいないです。


*絵
有葉さんの名前は初めて知りましたが、普通にかわいらしく。う〜ん、こちらもこれ以上特にいうことがないかも。


*その他
例によって「登場人物は全員18歳以上です」との表記がなされますが、少なくともまなは違うのではなかろうかと思いました。しかしまあ、そもそもできるだけ自由な表現が認められるべきである18禁作品において、この18歳基準というのもいまいち理屈に欠ける気がします。それを逆手にとって見た目がどんなでも「18歳以上」にしてしまうというのも欺瞞的ですし。なんともかんとも。


*総合感想
評判買いした甲斐があり、とても楽しかったです。「感動」というよりはむしろ「燃え」とか「シナリオの緩急」を楽しむ作品だったのではないかと思いますが。ヒロインのキャラクターも良く書かれていたと思いますが、一番は何より森田賢一の物語でしたね。美少女ゲームにヒロイン主体と主人公主体の区分けが出来るのならば、間違いなく後者に含まれる作品だと思います。ホントに、売れていないのだったら残念だなあ。


無茶かもしれませんが、アニメ化して欲しいです。もともと一本道なのでマルチシナリオにひきずられる心配はないですし、ラストは「夏咲と恋人、瑠々子と共に政治家を目指す」という感じで綺麗に収まるでしょうし。見てみたいものです。