「この世界の片隅に」

うん、素晴らしい映画でした。


もともと気にはなっていたところに、評価の高さを聞きつけて「これは行かねば」と劇場に。その甲斐がありましたよ。


こうの史代さんの作品は以前「夕凪の街 桜の国」を読んだことがあり、それも感銘を受けましたが、「夕凪の街〜」が広島を舞台にしていたのに対し、今作は少し離れた軍港・呉がメインの物語。平和な昭和初期から、次第に戦争が色濃くなり、日本が破局を迎えるまでの日々を庶民の目線で描いていくわけですが、作者らしい柔らかなタッチと、相当に資料を調べて正確を期したであろう当時の風景がまず魅力的で、これだけでも鑑賞の価値があるくらいでしたね。


そして何より主人公であるすずのキャラクターが良いです。のんびりしていて、どこか抜けていて、最初は「大丈夫かこの子?」と思わされるのですが、優しくて、笑顔を絶やさずにいるので、次第に応援したくなってくる。本作は、戦争を重要な背景とはしていますが、物語の本筋は彼女の生き方であり、夫である周作をはじめとした周囲の人々との絆であると思います。以下、ガッツリとネタバレ感想。


子供時代を広島で過ごし育ったすずが、ほとんど知らない相手の元に、実家を離れて嫁にいく。最初は不安感が漂いましたが、周作も義父母も良い人ですずを大切に思ってくれ、ギスギスしないところがほっとします。やはりそこは視聴者同様にすずを可愛がりたくなるのでしょう。


本作前半の最大の事件は、すずと水原哲の再会でした。ただ旧交を温めるだけなら平和でしたが、周作は事実上すずを一夜、水原に貸し与えようとします。いやあ、ここはヒヤヒヤしましたよ。水原が止まらなくなっては、あるいはすずが受け入れてしまってはと。「おいおい、周作、それはないぞ」と多くの観客が思ったことでしょう。もっとも、その背景には周作の負い目がありました。無理矢理にすずを連れてきてしまったのではという不安があったのですね。考えれてみれば、それまでの周作と鈴はまだ、本音で語り合えてなかったのかもしれません。すずが水原を拒否し、その後周作に対して怒りをぶつけますが、雨降って地固まると言いますか、その事件が夫婦をより夫婦らしくしたようにも思われました。


しかし、そんな日常もいよいよ戦争の影に塗りつぶされていきます。すずが地雷弾の爆発で右手の先を失い、手を繋いでいた晴美を失った瞬間に、すずの世界は取り戻しがつかないほどに暗く傾いていきます。


ただ、そこですごいと思ったのはすずが沈みきらないところでした。すずは右手と晴美の喪失にふさぎ込み、笑顔も消えますが、時間が経つとともに少しずつ動きと笑顔を取り戻していく。これは結構リアルというか、人間やはり時間が最良の薬であって、簡単には壊れないで戻っていけるんだという(もちろん性格や状況によるんでしょうけど)描写ですよね。うならされましたよ。


そしてまた注目であったのが8月6日の朝。広島そのものではなく、20キロほど離れた呉から感じられた原爆の瞬間は、まずピカッと光り、それからしばらくして音響と大風が来る。何かがおこったけれども、雷か地震かというくらいの感覚で描かれているのが新鮮でした。なるほど、周囲の町からはこのような感じだったのかと。


やがて8月15日の玉音放送。周囲のおばさんたちは「終わった終わった」「ソヴィエトも参戦してきたからかなわない」みたいな、結構冷静かつのんびりした態度でいます。こうした、徹頭徹尾庶民的な目線が本作の味であり、漂うユーモアにつながっているのですが、それだけにここで激高するすずが意外でした。でも、彼女は彼女なりにたくさんの辛いことに耐えてきた。あまり表に見せなくても苦しんできた。そしてそれは「お国のため」「勝利のため」という目標があってこそ受け入れてきたことで、その奮闘が「無かったこと」にされるのが我慢ならなかったのでしょう。結局、その犠牲と歪みを生み出してしまうのが戦争の罪悪である、というと一般論にしてしまうのは安直でしょうか。


ラスト。それでも、すずは、そして周作も(この手の作品では珍しく)生き残り、未来へ歩んでいきます。晴美を失った辛さは一生抱えていくのでしょうし、妹のすみの原爆症も先行きが明るいとはいえません。ですが、僕はきっと、すずはやっぱりいつも笑いつつ、周作とともに幸せに生きていくだろうと思っています。それは願いと言っても良いのですが、彼女のそこまでの人生を見て来た者としては、どちらかと言うと確信に近いものがあるのですよ。



本作はたしかに評判になるだけの傑作でした。「君の名は。」も良いのですが、今作も、海外でも観てもらいたい作品ではありますねえ。それにしても、今年は例年以上にアニメ映画豊作の年だなあ……。やっぱり日本はアニメの国なのか。


そうそう、すずの声優がのんさんであることも一部では話題になったようで。僕はのんさんのことは全然知らないのですが、幼少期はともかく、途中から本当にすずになじんで聞こえました。良かったと思います。