「百姓たちの江戸時代」

百姓たちの江戸時代 (ちくまプリマー新書)

百姓たちの江戸時代 (ちくまプリマー新書)


野球のWBCなんかでもそうですが、「侍ジャパン」なんてネーミングばかり目立つ現状には、少々疑問を覚えてしまったりもするわけです。江戸時代、日本人の8割以上は百姓だったんだぞと。比率的にはむしろ「百姓ジャパン」でいってみても良いくらいですよ。きっとそうならないのには、侍はかっこよくて支配階級で強者であるといったような価値観が色濃く反映しているのでしょう。ま、それはそれで分かるのですが、日本社会を営々と築きあげてきた百姓たちをなめてはいけません。


本書はタイトル通り、江戸時代における百姓たちの暮らしや文化に迫った一冊です。江戸時代の百姓というと、どうしても生活の厳しさとか貧しいイメージが前面に出がちで、近年の江戸時代再評価の流れの中でも、あまり省みられない様子があります。しかし、上でも述べたように人口のほとんどが百姓だったわけで、彼らを知らずして江戸時代を語る訳にはいかないでしょう。著者は残された家計簿等の史料を紐解きつつ、その実像に迫っていきます。色々と興味深い話がありました。


まず、食生活については、飢饉でもない限り、イメージされるよりもお米を食べられていたということ。一人あたりでは、現代日本人よりもお米を食べていたようです。もちろん、現代はパンや麺が多くなったということもありますが……。年貢で取られたと言っても、武士だからといって普通の人の2倍も3倍も大食いなわけでもなし、人口分の米が生産出来ていた以上、最終的にはみんなに回るであろうというのはもっともな話です。また、結婚式などのハレの日には、かなり豪勢な食事も振る舞われたようです。


娯楽も、寺社参りや歌舞伎、季節の祭りなどを楽しんでいました。厳しい農作業の中にも、変化をつけて乗り切る知恵とたくましさを感じますね。


教育の面では、良く知られる寺子屋が次第に普及し、多くの人が読み書き算盤の授業を受けていました。江戸時代の識字率が高かったと言われる所以です。もっとも、この識字率についてはどこまでを「識字」と捉えるかによって評価が変わるので、注意が必要であるとも著者は書いています。確かに、「自分の名前を書ける」程度だと文字が使えると行って良いのか微妙ですね。ただ、しっかりと教育を受けた農民も少なからずいました。本書では趣味の俳諧で、近隣地域の趣味仲間(言わばサークル)の師匠になった農民の姿が書かれています。百姓も文化の世界に生きていたのです。


最後に、ある意味江戸の百姓のステレオタイプである一揆について。これも、実は大半は暴動というよりも、平和的なデモのようなものであったということです。どうしても訴えたいことがあるときに、集団で願い出たのですね。まあ、現代と違ってデモはそれだけで違法であったわけですが。鎌を持つ姿というのも、武器としてではなく、むしろ農民としてのアピール、ユニフォームであったという話は面白かったです。一揆については、責任者は処罰されましたが、訴えはそれなりに聞き届けられることも多く、当時の領主と百姓の、持ちつ持たれつの関係を感じさせられました。


苦しい時も村の中で助けあい、それなりに平和で豊かな暮らしを送っていたという百姓像が浮かぶ一冊でした。やっぱり百姓ジャパン、侮るべからずですよ。