「オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く」

オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く

オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く

本書はタイトル通り、行動経済学を研究する著者が、様々なスポーツにおいて流布されている俗説や伝説、不思議な現象を鋭く分析していく一冊。スポーツ好きにとっては大変興味深く、しかし同時にちょっと落ち着かない気持ちにさせられるような読み心地の内容でした。取り上げる題材はアメフトにバスケ、ゴルフ等多岐にわたっていますが、やはり日本人的にも個人的にも分かりやすい野球ネタがとりわけ印象的でしたね。


たとえば「3割ちょうどの打者は2割9分9厘のバッターと比べて不自然に多い」という考察。これはよく理解できますね。自然に従うのであれば、両者のパーセンテージはまず変わらないはずですが、実際にはバッターは(首脳陣やファンやフロントも)3割という数字にこだわります。なので、最終戦で3割ちょうどのバッターはお休みし(アメリカでもやっぱりそんなもんなんですね……)、2割9分9厘のバッターは、何が何でもあと一本ヒットを打とうと四球を選ばずにガンガンと振り回す。意外にもこの時の成績は良好なのだとか。結果として、3割バッターは多めに誕生することになるわけです。20勝投手もしかり。そういえば上原のルーキーイヤーも、最後20勝に到達させようと多少間隔を詰めて投げさせてましたっけね。


また、「『3ボール0ストライク』と『0ボール2ストライク』の場面では審判の判定に差が出る」なんて分析もあります。どのように差が出るかというのは、野球ファンなら感覚的に了解されると思いますが、前者では多少ボール気味でもストライクとされ、後者ではストライクぽくてもボールと判定されがちだということです。う〜ん、分かるなあ。これには審判が無意識的に「勝負に割り込む」のを避けてしまうからだということ。ふむふむ。


と、このくらいでしたらまだ素直に頷いていられるのですが、落ち着かなくなるのはこれからです。お題は「なぜホームチームの勝率は高いのか」。どのスポーツでも、どの国でも、ホームチームは有利と相場が決まっています。これは伝説ではなく数字の上からでも明らかで、MLBの場合、平均では約54%の勝率を記録しているとのこと。ここではご丁寧に日本プロ野球のデータも載っていて、やはり53%超の勝率を記録していると。ではそれはなぜか?


一般的には「ファンの応援が選手の力になるから」とか「球場の特性をよく知っているから」とか「相手が移動で疲れているから」といった説明が思い浮かびますが、著者は応援がプレーに影響するという説を否定します。球場の理解や日程による疲労については多少認めますが(QVCマリンの風はやっぱりロッテの方が慣れているでしょう)、それでも大きな影響まではないと結論。では、いったい何がホームの利を生み出しているのか?


驚くなかれ、それは「審判のホームびいき」にほぼ尽きるというのです。著者の分析によると、ここ一番という場面の微妙な判定は、明らかにホーム寄りになっており、ホームチームはシーズン換算で7.3点ほど得をしているのだそうで。なんとまあ……って感じですね。これはなにも審判が意図的に不正をしようとしているのではありません。ただ、ギリギリの判定の時には当然、ホームチームに有利な判定を下したほうが、地元ファンの歓声は大きくなるでしょう。審判も人間ですから、多くの人を悲しませたくないというプレッシャーが無意識のうちに働いてしまうと、著者は説明しています。その証拠に、観客が多くなるほど有利な判定は増え、少なくなると減ってしまうとか。となると結局、ファンの応援は審判の誤審を通してチームに貢献してるってことですか。なんだかちょっと溜め息の出ちゃいそうな話ではあります。


あと刺激的だったのは「選手の好不調は予測できない」という話で、野球でもたとえばマルチ安打が3試合続いていたりすると「この選手は好調ですから期待出来ますよ」なんて解説がされたりしますが(で、実際に打ったりしますが)、実際はそんな短期間の成績では次の打席の結果は予想できないということです。ただ、この話はさすがに反発が強いようで、ほとんどすべての人に納得されないとのこと。僕もさすがに抵抗を感じてしまうところですが、どうなんでしょうかねえ。