「錯覚の科学」

錯覚の科学

錯覚の科学

評判が良かったので購入。「錯覚」というと、一般的にはどちらの矢印が長く見えるかとか、十字路の真ん中にぼんやりと灰色の丸が見えるとか、そういう視覚的な話を連想しますが、本書で取り上げられているのはちょっと毛色が異なり、言うならば「脳の錯覚」がテーマでした(まあ、視覚も脳の働きのうちですが)。


著者たちは以前、「ゴリラの実験」として有名になる実験で名を馳せたそうです。その内容は、

12年前、著者たちはハーバード大学の学生を集めてある実験を行った。バスケの試合のビデオを被験者に見せ、片方のチームがパスを通した回数を数えさせるというもの。ごく簡単な実験に見えるが、じつは仕掛けがあった。試合中、ゴリラの着ぐるみを着た学生がコートに乱入し、カメラに向かって胸を叩くポーズまでしてみせたのだ。ところが、被験者の約半分はゴリラにまったく気づかなかった。そればかりか、実験後に同じ映像を被験者に見せると、「ビデオがすり替えられた」と実験者を批判する者まであらわれたという。(アマゾンの商品説明から引用)


というもの。つまり人は、他のことに集中していると、目の前に現れた明らかにおかしな事でもしばしば気付かないものだ、という話です。驚きといえば驚き、とはいえ、日常生活を思い起こしてみるとたしかに「あるある」と思い当たりそうな話ですね。著者はえひめ丸事件(当時森首相のゴルフが話題になった事件です)についても、米軍潜水艦の船長がすぐ海上にいたえひめ丸に気付かなかったのは、この錯覚によるものではないか、と推測しています。他人からすると「見えていたに決まってる」と言いたくなる(特に遺族にとってはそうでしょう)事例でも、当人にとっては本当に「見えていなかった」のかもしれません。そういえば、近年も自衛隊艦と漁船の衝突事故というのがありましたね……。


さらに、本書は人間の記憶力についても疑義を投げかけます。明確に記憶し、自信を持って指名したはずの犯人が冤罪だった事例や、ヒラリー・クリントン氏がありえない体験談を演説で語ってしまった事例が取り上げられます。ヒラリー氏については、当時の映像が残っていたため「嘘をついた」あるいは「記憶力に問題がある」という批判を浴びることになってしまったのですが、政治家であれ誰であれ、人の記憶というのはあやふやで移り変わりやすいものなのです。まさに諸行無常


他にも、「人は過剰な自信を抱く」という問題(これは株式投資の世界でもよく言われます)や、陰謀論を信じてしまう心理などについても書かれており、読み応え十分な内容でした。


本書を読んで一番に感じたことは「人間の認識能力にはあまりにも限界が多い」ということ。なんだか空しい話ではありますが、せめてそれを理解した上で、人間に最適な社会を築いていく土台にしないといけないのであろうと思いました。なんだか、以前読んだラマチャンドラン氏の「脳の中の幽霊」にも通じる読後感でしたね(本書にも、ラマチャンドラン氏の名前は出てきます)。