「ウォール・ストリート・ジャーナル陥落の内幕」

ウォール・ストリート・ジャーナル陥落の内幕

ウォール・ストリート・ジャーナル陥落の内幕

伝統あるアメリカの高級経済紙、ウォール・ストリート・ジャーナル(以下「WSJ」とします)が「メディア王」マードックに買収されるまでの軌跡を書いた力作ノンフィクション。


WSJと言えば、日本でも有名な経済新聞。僕でも名前を知っています。しかし、数年前にマードック氏(こちらも有名な方)に買収されていたとは知りませんでした。海の向こうの話とはいえ、新聞がネットに押され、苦しい状況にあるのは同じ。そんな中で求められるのは「記事の質」か「大衆受け」か。オーナー、経営陣、編集部、そして買収者たちの動きと悩みが克明に描写されており、読み応えがありました。


WSJはアメリカでも長年、その独自の高品質な記事で好評を得ていましたが、その背景には、創業者であるバンクロフト一族がオーナーとなり、経営に口を出さない伝統があったとのこと。つまり、短期的な利益を求める株主に気兼ねせずに、記事の品質を大事にできたわけです。


しかし、その放任主義は一方で経営の悪化を招き、バンクロフト家の間でも次第に現状維持派と改革派との間で対立が起きるようになって行きました。そこに楔を打ち込むようにして買収を仕掛けたのがマードックです。


というと、なんだかマードックがえらく悪者のようですが、彼は彼で、新聞事業に対して並々ならぬ思い入れを持った人物でありました。上述のように、未来が危ぶまれている産業です。そこにあえて大金(当時の株価の2倍程度)を投じるのですから「メディア王」と言われるだけの愛情があったのでしょう。


むしろ本書の中で批判的に書かれているとすれば、それはオーナーであるバンクロフト家でしょう。長年WSJの品位を守ってきた誇りある一族であるはずだった彼らが、実にあっさりと売却に賛成してしまうのは、なんとも情けないと言うか、日和見に感じられてしまいました。もちろん売却反対した人もいましたし、仮に売却しなかったとしてもWSJの状況が好転したかどうかは不明ですが。


買収後、編集長は解雇され、紙面はマードック好みの派手な、大衆的なものに変化していきます。果たしてそれがWSJと読者にとって幸せなことだったのか、そうは言っても、まず生き残らなければ意味が無いというのが現実か。重い問いではありますね。


あとがきで、著者が元WSJの記者ということを知り、驚きました。退社したとはいえ、知人友人もいたでしょうに、良くぞここまで書けるもの。さすがです。