「代替医療のトリック」

代替医療のトリック

代替医療のトリック

サイモン・シンさんといえばこれまでも「暗号解読」「フェルマーの最終定理」「ビッグバン宇宙論」といった良質の科学ドキュメントをものしてきた著者。個人的には「サイモンさんの著書に外れなし」と信頼しております。その著者達(今回は大学教授との共著です)が選んだ次なるテーマは「代替医療」。世界中に広まるホメオパシーカイロプラクティック、鍼といった「治療法」に対し、その有効性をみっちり検証し、まとめてくれています。


議論の武器となるのは、EBM。すなわち「科学的根拠に基づく医療」という考え方。経験則とか伝統とかに頼るのではなく、正確な実験、観察、統計を基に、その治療が真実有効なのか確かめていくことでした。代替医療を頭から否定するのではなく、その効果を冷静に分析していく姿勢が素晴らしいです。また、現段階での科学的根拠が不明であっても、現実に有効なのであればそれは医学に取り入れられる、ということも明言しています。


たとえば、ホメオパシーは元の有効(?)成分を薄めて薄めて薄めて薄めて……どう考えても元の分子が残ってない程度の水に効果があるとする妙な主張ですが、それ自体の科学的妥当性は問題であっても、効くのであれば認められるべきなのです。もっとも、結局ホメオパシーは「まったく効かない」という結論になったのですが。カイロプラクティックは「腰痛に多少効果がある程度であとは無効」、ハーブ療法は「種類によりけり」と結論されています。


注目だったのは、日本人にも馴染みの深い鍼治療。著者たちが大きく取り上げるほど欧米にも普及しているのは意外でしたが、その有効性については疑問符、というかほぼ否定されています。「一部の痛みには効果があるかも」ということなので、ホメオパシーほどの全否定ではないですが、日本文化に暮らすものとしてはちょっとショックかなあ。


もっとも、鍼については二重盲検法が上手くできない(偽薬を与えたり、施術者自身もテストと知らないままに鍼を打つことはできないため)という問題があるため、鍼灸師さんからは批判もあるようです。この点については、今後のさらなる研究の促進を期待しています。


本書の冒頭に、アメリカ建国の父ジョージ・ワシントンが亡くなったのは、医者たちの施した瀉血により、2リットル以上もの血液が失われたためであろうというエピソードが紹介されています。医者に悪気があったわけではないにしても、当時の医学レベルのいい加減さと、それが生み出した悲劇が伝わる話(というか、いくら何でもそんなに血をとったら体に悪い事くらい、常識で分かりそうな気もしますが……)で、医学の進歩があらためてありがたく感じられもする一冊でした。