「合理的市場という神話 ―リスク、報酬、幻想をめぐるウォール街の歴史」

合理的市場という神話 ―リスク、報酬、幻想をめぐるウォール街の歴史

合理的市場という神話 ―リスク、報酬、幻想をめぐるウォール街の歴史


僕が株式投資を始めて少々勉強して以来、どうしても意識せざるをえない理論があります。それは「効率的市場仮説」。これはアメリカの金融学で提示され、その後世界中に大きな影響を持ってきたもので、要するに「世の中の情報はすべて市場(株価)に織り込まれている」という考え方です。


つまり、世の中には「株で儲けてやろう」と考えている機関投資家個人投資家がたくさんいて、良いニュースも悪いニュースも注視しています。もし割安な株があったとしても、そういう目ざとい人たちが一瞬で買いあげてしまうので、結果として割安で無くなってしまうという理屈です。


この理論は刺激的な反面、僕のような個別株投資家にとってはいささか引っかかるものとなります。というのも、もしすべての情報が織り込み済みなら、四季報で銘柄分析しても、チャートを勉強しても、ネットでニュースを調べても、それらは無意味という話になってしまうからです。割安株投資も成長株戦略も否定され、すべてはランダムウォークに漂うのみの世界。夢も希望も無いではないですか(全く希望がないわけではなく、この理論はインデックス投資の有効性とあわせて語られることが多いですが)。


ただ、実際に取引をすると、とても市場が効率的とは思えないことにも気づきます。明らかに割安と思われる株が放置され、しばらく時間がたってからじわじわと上昇したりします。「効率的市場という考え方はどうも嘘っぽい」。そんな感触を抱くようになっていきました。


さて、前置きが長くなりましたが、そこで出会ったのが本書です。「合理的市場という神話」というタイトルから分かるように、本書は効率的市場仮説を否定的にとらえる立場から、この理論がどのように生まれ、広まり、そして反証されていったかという歴史を紐解いてくれます。効率的市場仮説は(少なくとも本書の中では)「すでに否定された過去のもの」扱いであることに驚きました。


効率的市場仮説を否定する論拠は色々紹介されていますが、僕なりにまとめると「人間とは不完全であり、情報をすべて消化して織り込むことなど出来ない」ということになります。もし本当に市場が効率的なら、さしたる理由もなしに1日に20%以上もダウが下落したブラックマンデーはなぜ起こったのか。バフェットのように勝ち続けることのできる投資家が現に存在するのはなぜか。もちろん近年の世界金融危機もしかり。従来の理論は説得力のある答えを出せなかったのです。


結局のところ「市場はある程度は効率的だが、完全に効率的であるはずはない」といのが実態なのでしょう。まあ、当然といえば当然なんですけどね。考えさせられるのは、この「当然」がなぜ「当然」として通らなかったのかということで、そこには「美しさ」を好む人間の(特に学者の)性が色濃く反映しているのだと思われます。「すべての情報が瞬時に織り込まれる」という理屈は分かりやすくて美しい。少なくとも、「人間の心理は曖昧で流されやすくて非合理的で株価はノイズが混じりまくっている」なんてのより美しいです。もちろん、実利的には数式で計算がしやすいということもありましょう。でも、それをすべて現実に当てはめようとすると、無理が出てしまったと。


もともと効率的市場仮説に懐疑的だったこともあって、大変面白く読めた一冊でした。市場が多少不効率であっても株価の動きが難しいことには変わりませんが、僕のような投資家にもチャンスはあるってものですしね。