「吾輩は天皇なり―熊沢天皇事件」
- 作者: 藤巻一保
- 出版社/メーカー: 学習研究社
- 発売日: 2007/09/01
- メディア: 新書
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終戦直後、「吾こそは南朝の末裔であり、正統な天皇である」と名乗りを上げた人物がいた。熊沢寛道氏その人である。
歴史の資料集などで一言くらい触れられていることもあり、「そんな変人もいたんだ」くらいの認識だったのですが、本書を読んでだいぶん印象は変わりました。権威的で押しの強い人物像をイメージしていたのですが、実際の熊沢氏はいかにも善良そうな中年男性。彼にあった当時の記者も、物腰の柔らかく穏やかなことを書いています。
父親から引き継いだという「南朝再興」の志を掲げ、敗戦を機に、昭和天皇の責任論と合わせて「決起」した熊沢氏のもとには、有象無象の「南朝ゴロ」が群がり、都合の良い偽書が持ち出され、マスコミは騒ぎ立てます。純粋だったからこそそれらを信じた熊沢氏あらため「熊沢天皇」は最後まで、自らが天皇にふさわしいという思いを抱きながら、無一文のうちに死んでいくのでした。
著者も指摘していますが、天皇の権威を信じていたからこそ、500年も前の南朝の血筋にこだわり、それさえあれば認められると無邪気に信じていた熊沢氏が悲しいです。仮に血筋が本物であるとしても、500年も経てば資格がないものでしょうに。
なお、熊沢氏親戚筋で自称天皇を名乗った者が戦前戦中にもいました。彼を支援した右翼の大立者がこんな会話をしたそうです。
「モーゼも日本人だというが、十戒も日本の神代時代のものだとある。キリストも日本人だ」
「そうですか、いよいよもって、それじゃ世界歴史を根本から書き改めなければなりませんね」
トンデモ偽書丸出しのこんな論を大真面目に論じていた人が国政を左右し、実質満州事変を実現させたというのですから、やはり当時の日本はどこかおかしかったんでしょうね……。