「脳のなかの幽霊」

脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)

脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)

脳の研究というのはすごく面白い。もちろん僕は科学者ではないので、面白いといってもこうした解説書を読んで面白いといっているわけですが、とにかく面白い。それは、「人間の心」という人類有史以来の謎と興味に、科学と物理からダイレクトに迫ってくれるからでしょう。


本書は出版が99年。翻訳ですので書かれたときからは10年くらい経っていることになりますが、その内容は古びていません(多分)。出て来る症例の興味深いことは折り紙つきです。「事故等で手足を失った人に、失った手足の感触がある」というのは割と有名な症状ですが、今までは「切断個所に残った神経のため」という説明がなされていました。僕もそれを読んで「そういうものか」と思っていたのですが、本書の著者、ラマチャンドラン博士は「それは脳の中の神経配線地図に原因がある」という斬新かつ説得力のある説を提示します。目からうろことはこのことですね。


さらに、他の面での知覚は正常なのに、自分の体に起こっている麻痺をどうしても認めない患者の症例。これも不思議としか言いようがありません。自分の目で動かない手を見ている。なのに「今は動かしたくない気分だから」と、正当化し自ら信じ込む患者。「人間は正当化する動物である」なんて格言がありますが、それが脳神経レベル発生しているのですから驚きです。著者は多重人格との関連も示唆していますが、なるほど、「自己」という概念そのものが揺らぐ話です。


脳科学の今後の発展が楽しみです。哲学と宗教を科学が塗り替える日も近いのかもしれません。とりあえず脳に電磁波をあてて自由に感情・感覚を生み出す装置が今世紀中くらいにはできるんでないかと予想してみたりします。そうなると人類堕落しちゃいそうではありますがね。


なお、本書には一応続編として「脳のなかの幽霊、ふたたび」がありますが、こちらは講演録なので内容的にはやや薄いです。ただ、注目点は著者が芸術について語ったところで、脳に本能的にインプットされている好みを美術家の直感で強調したのが芸術となるという論。そうなるとアニメの萌え絵柄などはどう評されるのでありましょうか。ちょっと著者に評してもらいたいところであります。