「「日本は降伏していない」―ブラジル日系人社会を揺るがせた十年抗争」

第二次大戦終結後も「日本は戦争に勝った」と信じ続けた人たちがブラジルにいた――話に聞いたことがありましたが、本書によって想像以上に広く深い問題だったことが伝わってきました。


あくまで日本の勝利を信じて疑わない「カチ組」が多数を占め、少数の「マケ組」を非国民、敵の宣伝に乗った者として攻撃した当時のブラジル日系社会。非難だけならまだ滑稽なだけで済みますが、暴力事件に発展し、死者も出ているのですから笑い事ではありません。敗戦という事実を主張するだけで「日本精神にもとる」と殺されるのではたまったものではないです。この辺、ブラジルだけでなく当時の日本社会が陥っていた世相の怖さを感じました。


情報の極端に少なかった当時のこと。「カチ組」指導者は聞こえもしない短波ラジオから日本の「勝利」を聴き取り、宣伝していきます。確信犯だったのか、引っ込みがつかなくなったのか、それとも本当に聞こえたと信じたのか。この辺の心理状態はなんとも想像の及ばないところがあります。


ただ「カチ組」だけを狂信と責めればよいかというと、そう単純でないことも本書は書いています。背景にはブラジルに移民した人達の苦しい歴史がありました。日本政府の政策によって「コーヒーは金のなる木」と過剰宣伝がされ、ほとんど棄民のようにしてブラジルに渡ることになった移民たち。彼らの祖国に見捨てられたという思いや、戦時下のナショナリズム、日本人であり続けたいという気持ち。それらが重なって、過度の日本崇拝へつながったのでしょう。そうなるとむしろ、無責任な政府こそ悪の根源ではなかったかという気がしてきます。


結局その後帰国を果たした人は少数で、多くの人が永住の覚悟を決め、今では2世3世が日系ブラジル人としてすっかり現地に馴染んでいると聞きます。そこに至るまでの1世の苦闘に思いを馳せさせる一冊でもありました。



余談ですが、本書で引用されていた1951年当時の雑誌のインタビューで、「自由と放縦をはきちがえている、などといわれる戦後民主日本」という表現があり、ちょっと苦笑でした。50年以上も前から同じようなことが言われているものです。