「「準」ひきこ森―人はなぜ孤立してしまうのか?」
「準」ひきこ森―人はなぜ孤立してしまうのか? (講談社+α新書)
- 作者: 樋口康彦
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2006/10/21
- メディア: 新書
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読書の秋です。ここは何冊か買い込んでしまおうと本屋に乗り込んだりするのですが、そうなると興味深い本が何冊どころじゃ足りなくなって結局何も買うことが出来ず、立ち読みで済ませるというオチになったりいたします。全部買ってたら予算も時間もとても足りません。
そんな立ち読み本の中で、かなりのインパクトがあったのがこれです。「準ひきこもり」、すなわち物理的に部屋の中にこもっているわけではないけれど、コミュニケーション能力が低く、ほとんど一人だけで行動しているような人(著者の想定対象は主に大学生)の存在を指摘し、その対処の必要性を説いた本です。「授業にはまじめに出席するけれど、それ以外の交友関係が非常に薄い」「家と大学を直線的に往復し、趣味はアニメやネット」等々、著者の言うところの準ひきこもりの特徴が縷々述べられていくわけですが、「ああ、僕も大学時代はそうだったかもしれないな。あるいは今でもそうかも、どうなんだろう」と考えさせれました。刺激的な論考だと思います。
ただ、本書に示されている準ひきこもりの定義は広すぎるんじゃないかという疑問は湧きます。著者が言うには10〜20人に1人ということなんですが、5〜10%にも及ぶ人を「問題」とくくってしまって良いものだろうかと。それに、準ひきこもりの性向を否定的に捉えすぎではないかとも思われました。もちろん、就職活動にまったく参加しないレベルになるとそれは大変かもしれませんが、ある程度内向的傾向な人は古今東西どこにでもいるんじゃないでしょうか。
著者自身、かつては準ひきこもりだったということで、さすがにその文章というか感覚には説得力があります。ただ、自らが「社会性を身につけて準ひきこもりから脱出した」とする経歴照会にはちょっと引っかかる面もありました。準ひきこもりの趣味はアニメとかゲームとかフィギュアとかが多いそうで、確か文中には直接的単語は出てなかったと思うのですが(あえて避けたのかも)「オタク」層とある程度重なると考えられます。そうなると本書の基本的な性質は「オタクを”卒業”した人によるオタク批判」に近いのかなと。そんな風に感じられなくもないところでありました。