「脳の中の倫理」

脳のなかの倫理―脳倫理学序説

脳のなかの倫理―脳倫理学序説

現代脳科学の権威が平易に解説する「脳倫理学」の現在。脳倫理学というのは本来「人間はどこからの意識を生じるか」といったような、中絶などの問題に対処するための科学、概念だったようですが、著者はこれを広く拡張し、「脳科学の進歩に伴う諸問題や、脳システムが本来備えている倫理観に対する研究」みたいな形で提案しています。


「頭を良くする薬物が開発されたらどうするか」「人間に自由意志というものはあるのか」「すべての宗教を包括するような、人間の本章的な道徳はあるのか」。こういうのは大変面白くて良いです。今後さらに発達するであろう脳や遺伝子に対する様々な改変技術に対して、著者は「現在も麻薬は存在するが、使用するのはほんの一部」ということである程度楽観的ですが、さてどうでしょう。安全確実に子供の遺伝子を改変し頭脳や運動神経を良くすることが出来るとしたら、その流れをとどめることが出来るのか。個人的にはちょっと疑問でもあります。もしかしたらアーヴ誕生みたいな勢いになるかも。それはそれで興味深い世界ですが……。


以前も「人間の本性を考える 〜心は「空白の石版」か〜」という本をとても面白く読みましたが、科学を通じて哲学に迫るというのは僕の好み。ちなみに、「人間の本性を〜」の著者であるピンカー氏の名前も本書には出てきます。やはり最近は人間、生まれながらにかなりの本性というか、機構を組み込まれている論が優勢みたいですね。市販のPCを買ったら最初からOS(それもWindows)が組み込まれているがごとし、でしょうか。「神狩り2」でも書かれていましたが、いわゆる「宗教的体験」というのも側頭葉のてんかん的発作で説明できてしまうようで、そうなると将来的には意図的に誰もが感じられるように出来るのかもしれません。神秘も何も無いかもしれませんが、それはそれで面白そうです。


人類に共通する倫理というのも、気になるテーマです。古今東西殺人が悪として定められているのは、理屈以前にそういうプログラムが書き込まれているため。こうはっきりすれば「何で人を殺してはいけないのか?」という問いも単純明白になって良いような気もするのですが、果たして脳科学はどこまで人の思考を解読できるのでしょうか。本書を読む限り、進歩したとは言えまだまだ道は遠そうですが、この研究が進めば、人類にとって有益な規範が見えてくるのではないかと、期待してしまいます。