「紫色のクオリア」

紫色のクオリア (電撃文庫)

紫色のクオリア (電撃文庫)

ときどき、自分の文章力の無さが悲しくなります。特に、このような素晴らしい作品を読んだあとには。受けた感動と衝撃を、何とか言語化して吐き出したいのに、上手くいかないもどかしさ。でも、それでも書かずにはいられないのですよ。なお、ネタバレ部分は反転しております。


傑作でした。


例によってネット上のいくつかのサイトで評判になっていたので、そしてまた、タイトルにピピっと来たために購入したのですが、その期待は裏切られることなく。興奮と面白さで、夜も眠れなくなるほどでしたね(まあ、寝る前に読んでたからですが)。


「自分以外の人間が“ロボット”に見えるという紫色の瞳の少女」という設定だけでも素晴らしいのですが、主人公は彼女ではなく彼女の友人で、そこからまず虚を突かれたり。それでもまあ、「ちょっと不思議なほのぼの学園物」という系列かと思っていました。しかし!


……もしかしたら、これほど口絵が嘘ついてる本も珍しいかもですねえ(笑)。


細かい感想はネタバレ部分に譲って、クオリアとか量子論とか、僕好みの用語がドンピシャ的に詰め込まれ、しかもそれがきっちりと物語を形作っている。堪能しました。うえお久光さんの作品といえば、以前、「悪魔のミカタ」の文章が合わずに2巻くらいで挫折してたんですが、僕の好みが広がったのか、うえおさんの文章が変わったのか。良い再会となりましたね。


本屋に行けば平積みにされたライトノベルの山。毎月何十冊も出て来る新刊を前に、「こんなのとても読みきれないなあ」とか「もう若い人向けの作品についていけないんじゃないか」とか年寄りじみた感慨にふけってしまう今日この頃なのですが、それでも、こういう作品に出会えると「やっぱりラノベのパワーはすごい」と痛感させられます。面白かった〜。



ということで、以下ネタバレ感想。



この物語には驚かされっぱなしでした。


ゆかりの感覚が、単に「人がロボットに見える」という視覚のレベルにとどまっていたのならば、ただの変人で終わったかもしれません。しかし彼女のそれは、友人の能力を言い当てたり、事件の真犯人を見抜いたり、さらには切断された腕を修理したりできる、本当の超越能力でした。この設定の拡張だけでも「今作はただものではないな」と思わせるに十分な凄みがありましたね。


それでも、第1章「毬井についてのエトセトラ」はまだ全体的にはほのぼので、楽しくて、可愛らしい話でした。多分、この雰囲気で一冊続けてもらっても十分満足したと思います。もちろん、第2章である「1/1,000,000,000のキス」があってこその本作であることは承知しているのですが、この平和をもっと眺めていたかった、というのも事実です。


自分の特異性を自覚しつつも、自分の目を否定することはせず、微笑んでいるゆかりは可愛いです。でも多分そこに至るまでに、ずいぶんと悩みもしたのでしょう。ただの無邪気な美少女というだけでない、頭の良さと芯の強さも魅力的でした。


そして第2章。頭がクラクラしました。いくつもの、いくつもの、いくつもの世界を重ね合わせて。繰り返して、繰り返して、繰り返して。無限にも近い時間の中を、マナブが、あるいはかつてマナブであったものの執念がさまよう。それはただゆかりを殺させないためだけに。


火の鳥未来編とか、あるいはひぐらしの鳴く頃にとか、連想する作品はいくつかありますが、ここまで並行世界を「使い潰した」話は初めて見ました。上手くいかなかった世界も、それはそれで一つの世界であり、それだけの悲劇が存在したのは間違いないと考えると、重いです。そしてその重さと全編を貫くスピード感こそが、圧巻の迫力を生み出してもいました。


最後、ゆかりとの中学生活に戻ってくるマナブ。平和な光景ですが、どこかハッピーエンドと言い切れないのは、やはりそれまでの無数の悲劇を彼女の上に見てしまうからでしょうか。だから僕はふと思うのです。第2章が、真実マナブの夢であってくれればなあ、と。読者に夢オチを願わせるなんて、変な作品ですよね。


最後に注文をつけるとすれば、アリスの扱いですねえ。ゆかりは、上述のように第一章で十分に魅力が出ていました。だからこそ、マナブがゆかりのために全てをかけることが了解できました。でも、アリスはあまりにも描写不足でした。重要キャラであるのですから、もっと彼女の魅力を描いてから並行世界編に突入してもらいたかった気もしますね。


せめて外伝か何かで、マナブとアリスの関係に焦点を当てた話が読んでみたいものです(特にラブラブ甘甘な話ですとかね)。あと、加則君もせっかく出てきているからには、どの変がドリルなのかもうちょっと見せ場があっても良かったのではないかと。


まあ、もったいないと思えるくらい物語が圧縮されてますから、エピソードを一つ一つふくらませていったらすごいことになっちゃいそうですけどね。その点でも、想像力を大いに刺激される一冊でした。