「評伝シャア・アズナブル」

評伝シャア・アズナブル 《赤い彗星》の軌跡 上巻 (KCピ-ス)

評伝シャア・アズナブル 《赤い彗星》の軌跡 上巻 (KCピ-ス)

評伝シャア・アズナブル 《赤い彗星》の軌跡 下巻 (KCピ-ス)

評伝シャア・アズナブル 《赤い彗星》の軌跡 下巻 (KCピ-ス)

これはすごい。面白かったです。《赤い彗星》、シャア・アズナブルの生涯を追い、評した文庫本上下巻。新聞の書評欄に乗っていたので興味を持ったのですが、売れているのに納得でした。ガンダムファン、なかんずくシャアファン必読の書ではないでしょうか。この手の本にありがちな薄さは無く、むしろこれでもかというほどに詰め込まれた文字に、著者の気合があらわれてるってものですよ。


ガンダムシリーズ一代の英雄であるシャア。一年戦争からグリプス戦役、そしてネオ・ジオン戦争にいたるまでの軌跡を、著者は鮮やかに分析していきます。なによりすごいのは、そこに確固とした一貫性を見出していること。浅いファンから見ると、一年戦争のころのシャアと「逆襲」のころのシャアはかなり違ってしまったように見えますが、そうではない、全て自然につながっていることであるのだと、本書は教えてくれます。才覚のままに意を振るえば良かった一年戦争までの時期に対し、アムロに破れニュータイプとしての限界を悟ってしまったそれ以後の日々。年を重ねるごとに揺れ戸惑う姿は、「人間・シャア」の息づかいが伝わるかのようでした。あくまで「歴史的実在」としてシャアを扱い、外部の事象――監督の狙いがどうとか、物語の都合がどうとか――を一切顧慮しないストイックな姿勢から、これほどの人物像が浮き上がろうとは、驚きです。


また本書では当然、シャアに関連した人物や出来事についても解説・分析されます。おかげで分かりにくいZガンダムの構図もばっちりでした。単に混乱した物語かと思っていたのに、Zガンダムがそこまで深い作りとは知りませんでしたよ。……もっとも、このへんになるとすでに富野監督の構想すら超えた次元で分析しているのではないかという感さえあります。著者の熱意と、それを受け止めるガンダムワールドの奥深さにあらためて感嘆しました。


あと内容からは外れますが、帯の「龍馬に学べ? いや、シャアでしょ」というコピーがこれまた熱い。さすがはガンダムファンで知られる福井晴敏さんです(もっとも、下巻裏でシャアをマザコンと評しているのは、本書の分析とちょっとずれている気もいたしますが)。確かに、今の30代以下の世代で、特に男性でシャアの名前を知らない人は果たしてどれほどいるか。実際に「龍馬よりもシャア」という時代が来ちゃったりするのかもしれません。


ということでほぼ絶賛の本書ですが、唯一の問題は説得力がありすぎて、おなか一杯になっちゃうことでしょうか。「これ読んだからもうガンダムは良いか」みたいな気分になってくるのが怖いところです(汗)。