「坂の上の雲」

新装版 坂の上の雲 (1) (文春文庫)

新装版 坂の上の雲 (1) (文春文庫)

ご存知、日露戦争の時代と人々を書いた司馬遼太郎さんの代表作です。司馬さんの作品は「関が原」とか「徳川慶喜」とか「この国のかたち」を読んでたのですが、この作品は未読でした。長編ですが、さすがにそこは司馬さん、スルスルと読ませる文章、そして戦争そのもののドラマ性も加わって、読み出すと止まりませんでした。


面白くはあったのですが、司馬作品でいつも気になってしまうのが、「どこまでが小説で、どこまでが事実なのか」ということ。作者は資料の収集と分析に数年以上をかけたそうで、さすがだなと思いますが、それでも「○○は〜と思った」とか「〜と言った」とか、実際に見てもいない人の思考やセリフを事実そのまま再現するのは無理でしょう。それに、人物をやや善玉、悪玉に色分けしすぎな気もしました。乃木や伊地知は悪役にされすぎな感もありますね。まあ実際有能とはいえなかったのかもしれませんけど。児玉が乃木から指揮権を借り受けた、というあたりはどうも事実としては怪しいような。


作者は、初めて国民国家というものに組み込まれた日本人の、無我夢中に前向きな時代として明治を書き出していきます。まだまだ国家機構も小ぶりで、志のある人にとっては自らの能力を発揮することと国の成長とが同義であるような時代、兵の士気も高く、皆国のために身命を賭すことに疑問を抱いていなかった時代だったと。それは幸せな時だったのかもしれませんが、「国のためと言っても絶対じゃない」的感覚をもてるようになった現在の方が、ある意味進歩したのではないかと言う気もするのです。


日本にとって(主観的には)必死の防衛戦争だったはずの日露戦争。一丸となって大きな勝利を得た当時の日本人の知恵と努力に敬意を払う反面、ちょっと勝つと調子に乗って日比谷焼打事件などを起こし、他国への進出を強めていくあたりは、どうもこうも欠点だよなあ、と思いもしました。政府は政府で国民に負担を強いつつ適切な情報公開をしてなかったわけで、「明治は輝かしく、昭和前期はダメだった」と一概に言えるものでもなさそうです。