「恐怖の存在」

マイクル・クライトンといえば「ジュラシック・パーク」の原作の人、くらいの知識だったのですが、人気作家ということなので新作(といっても去年9月発売ですが)を手にとって見ました。これが意外と刺激策。単なるアクション、サスペンスものにとどまらず、地球温暖化問題に対する見解と提言を示したものになっていてユニークでした。


地球温暖化現象は仮説の域を出ず、明確な証拠は無い。」


というのが本書の主張。いまや世の中の常識的見解となっている温暖化論に大胆にも異議を唱えるわけですが、そこは実力派作家。作中でたくさんのグラフやデータを引用して説得力を構築しています。要するに地球のダイナミックで巨大な環境において、どこまでが人間の活動によるものかなんて、よく分からないものだということですね。それを言っちゃあ、って気もしますが「なるほど、京都議定書を批准しないアメリカの言い分はそういうところにあるのか」と妙に納得するところがありました。正直、僕も大分考えを揺らされましたよ。また勉強しないと……。


さらに、真の問題点として取り上げられるのが、タイトルの由来にもなっている「恐怖」をあおるグループの存在です。作者は、マスコミ、政府、学者たちが何かにつけては過剰に人々の恐怖心をあおるような話を生み出し、権益を得ていると指摘します。温暖化を含む各種環境問題にしてもしかり、電磁波あり、テロあり、あるいは不安の裏返しである健康ブームあり……。「危険を誇張して人々を惑わしている」と作者は批判します。


この点は同意できますね。最近の日本で言うとBSE問題などがそうでしょうか。冷静なリスク評価よりも、感情的な対応になっていないかと考えさせられます。数字的には減っているのに「凶悪化している」とされてしまう少年犯罪。ゲーム脳、それにフリーターやニートの「問題」にしてもそういうところがあります。マスコミとしては意図してあおっているつもりは無いのかもしれませんが、利益のため、警鐘のため、人に強い刺激を与える情報を流してしまう構図があるのでしょう。


以前「ボウリング・フォー・コロンバイン」でしたか、マイケル・ムーア氏が「アメリカのテレビは恐怖心と暴力心をかきたてるニュースばかり。橋一本渡ったカナダでは違う」として、マスコミ報道による社会心理の違いを分析していました。これも同じ着眼点と言えましょう。僕も良く思うんですが、そもそも凶悪事件なんかあまり報道しないで、その分ほのぼのした話にすればずいぶん人々の心も違ってくるんじゃないでしょうかねえ。


お話の内容に戻りますが、環境保護団体の参加者が多く皮相的な様子に書かれていたり、そもそも敵が過激環境保護主義者だったりするので、作品全体としてはやや一方的になっちゃった気もします。なるべくイデオロギー的色を無くそうとする作者の姿勢は伝わりましたが、もうちょっと温暖化肯定論者にも理知的で説得力のあるキャラクターがいればなお良かったと思いますね。



参考資料、というか環境団体の反論



P・S 中で出てくるここ数十年の東京の気温データですが、これがすごい上がりようです。少なくとも東京が暑くなったのは間違いではないようで……。ヒートアイランド現象恐るべし。はやいとこ何とかしてください。