「ホミニッド-原人」

ホミニッド-原人 (ハヤカワ文庫SF)

ホミニッド-原人 (ハヤカワ文庫SF)

「もしネアンデルタール人が繁栄しているパラレルワールドがあったら」という設定が面白い。アイデア勝ちですね。ネアンデルタール人と言えば、つい3万年ほど前までヨーロッパに暮らし、現生人類と共存していたという、いわばホモ・サピエンス(厳密にはホモ・サピエンス・サピエンスらしいですが)の親戚筋。ある程度の文化も持っていたともされますが、なぜか消えていってしまった興味深い存在です。そのネアンデルタールの”量子物理学者”(この時点ですでに固定観念を打ち崩されますね)、ポンターがこの世界に転移してきてしまった! これはワクワクするってものでしょう。


物語はそれぞれの世界の様子を書きつつ進みますが、やはり面白いのがポンターと我々サピエンス人との交流ですね。平和的で知能豊か、賢明なネアンデルタールの文化に比べると、サピエンス人は攻撃的で環境破壊だし、宗教は非合理的だしと、ずいぶん劣って見えてしまいます。別に作者はサピエンス人側を単純に悪者にしているわけではないのですが、大型動物を絶滅させていったくだりは恥じ入ってしまう思いでした。


一方、ネアンデルタール人世界の方は、ポンターの友人をめぐる裁判を通して書かれていきます。ネアンデルタールがいかに穏やかな人々と言っても殺人や裁判という概念はあるようで、ちょっとその差異はつかみにくいかも。異文明描写としては面白いですが、「ネアンデルタールだからこそ」感にはやや欠けたような気はしました。コンパニオンシステムは面白い発想ですが、これも別にネアンデルタール人でなくて他星人でも良さそうな設定ではありますしねえ。


科学的な知見も随所に出てきますが、「量子力学的揺らぎが意識につながっている」という論は数日前に「ハイドゥナン」で見たばかり。単なる脳のニューロン配線だけでは意識を説明できない、というのが近年の有力(or異端)説なのでしょうか? そうなると「心」の奥は想像以上に深そうです。「人類は4万年前に突如意識を獲得した」という「大躍進」の話も半ばトンデモ的ですが興味深いところ。まあこの作品ではそんなに深く触れられているわけではないので、今後別途調べてみたいです。


意外だったのが、ビッグバン宇宙論ネアンデルタール人世界が否定しているという点。「宇宙の始まり」を望むのは欧米のキリスト教的世界観がバックボーンにある、という認識が、どうも向こうの人には強いようです。普通にビッグバン論を支持している多数の日本人はどうなるんだという気もしますが。


最後にちょっとネタバレ反転。



ラストはこちら側とあちら側の交流を進めよう的雰囲気で締められていましたが、ネアンデルタール側のことを考えると、あんまり交流しない方が良いんじゃないかなあと、余計な心配をしてしまいました。現人類が、そんなことを考えなくても安心な種族だったら良いのですけどね。


挿絵がないのが実は残念だったりしました。ネアンデルタール人の顔ってなかなかうまく想像できないですよ。