「その数学が戦略を決める」

その数学が戦略を決める (文春文庫)

その数学が戦略を決める (文春文庫)

近年、ビッグデータという言葉もよく聞くようになってきましたが、コンピュータの発達によって集められた巨大なデータが、一体どのような影響を社会に与えていくのかということを考えさせてくれる一冊。原著の発刊は2007年ということですからちょっと前ですが、ちょうど先取りしていた話題に時代が追いついてきたという状況でしょうか。


著者は、データを元に統計分析を行う(本書では「絶対計算」と呼んでいます)ことで、これまで人間の知恵、専門家の直感に頼っていた多くの部分で、より正しく効率的な結論を導き出せると言います。たとえば、ワインの価格はロバート・パーカーのような評論家の舌ではなく、その年の温度や降雨量を元にした方程式で算出できる。医師の診察よりも、ネットのデータベースのほうが正しい。教師の独自性や経験は、これまた統計的に有効だった手法をそのまま実践することに及ばず、果ては映画の売れ行きまで脚本の分析で可能になっていると。そうそう、「マネーボール」の紹介もありました。セイバーメトリクスもまさに、従来のプロの直感から統計分析にという流れ上にありますしね。


当然、こうした従来の専門家からは反発を受けます。それはそうでしょう。医師の見立てなんてネット検索に及ばないと言われ、教師の工夫よりも決まりきったマニュアルにそって授業をするだけなんて、プライドが許さないというのは理解できます。しかし、絶対計算の優位性は歴然としており、否定のしようはないと著者は主張します。


なんというか、興味深くもあり、同時に少々不安にもなってしまう世界ですね。結局これからは、経験と知恵に頼った専門家はコンピュータに負けていくだけなのかと。それは結果的には正しく効率的な世の中を作るのだとしても、なんだか寂しくも感じられます。もちろん、統計を使うのにも、なんのデータをどう分析するかという根本の部分では人間の知恵が必要ではあるのですが。


なお、本書の原題「Super Crunchers(絶対計算者たち)」も事前にデータをとって好評な方を選んだとのこと。これに対して翻訳の山形さんがつけている「ちなみに本書の邦題は絶対計算を使わず日本版の編集者の直感だけで決めている」という訳注が皮肉がピリリときいていて面白い。こんなことを書かれて編集者さんは面白くなかったかもしれませんが、その直感が正しかったのか、文庫版まで出る程度には売れたようなので、良かったのかも? まあ、内容と邦題が微妙にずれている感はありますが。