「繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史」

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(下)

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(下)


人類の本能には悲観主義が組み込まれているようです。古来より人々は常に嘆き、将来を憂いてきました。過去は黄金時代であり、現在は劣化しつつあり、未来には破滅が待っているであろうと。実のところ、この傾向は現代でも変わりありません。毎年のように「日本(世界)経済は破綻する」なんて書いている本が、いかに多く出版されていることか。著者が違うのならまだしも、同じ著者が前回外れた予想をスルーして同じような本を出すのはいくらなんでも無責任に過ぎようと思いますよ。


しかし、本書の著者は、そのような悲観主義は誤りだと宣言します。破滅を予想し、恐れてきた歴史の上で、その結果はどうか。現在の人類の生活は過去最高に豊かではないかと。一部の貧しい国は残っていますが、第二次世界大戦後数十年だけを取ってみても、人々の平均生活水準は大きく向上しました。食料はスーパーに行けば世界中の物産が手に入り、水は水道で安全に供給されます。移動は自動車、電車、飛行機と、ほんの200年前には考えもつかなかった速度を誇り、電気は明かりと、娯楽と、冷暖房と、その他もろもろ欠かせない便利さを生み出しました。現代の多くの国の住人は、中世の王侯貴族よりもよっぽど恵まれた生活をしているわけです。そう言えば童謡にもありますね。「おとぎ話の王子でも 昔はとても食べられない アイスクリーム」って。


冷静に振り返ってみれば、人類の歴史は苦難に対する大いなる勝利の物語なのです。著者は、それを可能にした鍵は分業と交易であると述べ、本書のサブタイトル通り10万年を見通しながら、人類の発展してきた道筋をたどり、未来への展望を語ります。著者が採ろうとするのは「合理的な楽観主義」。やみくもに楽観的でいようというわけではなく、過去の人類の実績を考慮した冷静な分析は、本書を力強く明るい色に染めてくれています。


紹介される数々のエピソードは、個別に知ってはいても、本書のようにまとめられると、また、新鮮な意味付けが頭に入って来ます。中でも印象的だったのは、産業革命期のイギリスを支えた化石燃料、すなわち石炭の重要性でした。今でこそ石炭というとどことなく古臭い、大気汚染の元凶的なイメージが漂っていますが、従来の木炭に比べれば、石炭は効率が素晴らしく画期的で、なおかつ木を伐採しなくても良いため、環境にも優しいエネルギー源でした。その後、主役は石油や天然ガスに移っていきますが、石炭はまだまだ現役であり、人類の産業文明は石炭とともにあるとすら言える事実に、ある種の感動を覚えてしまいます。


著者によると、ここ数十年の悲観主義のトピックは核戦争、食糧難、資源危機、公害、疫病などがありました。しかし、技術の進歩と人々の努力によって、これらの問題は、良い方向に克服されつつあると著者は説明します。米ソの核戦争は実現しませんでした。食料は「緑の革命」で一気に増産されました。「数十年で無くなる」と言われた石油は、今なお数十年以上の埋蔵量があります(最近ではシェールガス革命なんてのもありますね)。公害や疫病も対策が打たれています。無論、どの問題も完全に解決はしていませんが、当時の悲観論者が語ったような破滅には陥っていません。


さて、現代最大の悲観論と言えば、いわゆる「温暖化問題」、地球の気候変動でしょう。著者も当然、多めの紙数を割いて論じています。結論から言うと、「温暖化しても、それほど問題じゃない。むしろ有益かも」といったところ。温暖化自体は否定していませんが、その結果によって莫大な被害が出るというストーリーに対して批判的ということです。う〜ん、まあ、この点については自分も悲観的な人間の一員なのか、鵜呑みにはしがたいという気もしますが。たしかに、人類がこれまで成し遂げてきたことを考えると、「騒いだけれど別に大丈夫だったね」で済んじゃう可能性もあるのかも。それならそれで万歳なのですけどね。


もっとも、悲観論があるからこそ、それを克服しようと頑張ってきたということもあるでしょうし、最初から「なんとかなるさ」と油断していたらどうにもならなくなったりしちゃうのかもしれません(著者も、悲観論に耳を傾けること自体は重要だと言ってます)。なかなかバランスが難しそうなところではあります。


本書を読んで、現在日本の論点であるTPPとエネルギー問題に対して、著者だったらどのように語るだろうかということに興味がわきました。交易こそ発展の元と語る著者なら、TPPは当然賛同なのでしょう。エネルギーは、本書では再生エネルギーが意外に環境負担の大きいことを語り、原子力に期待をかけていましたが、福島事故後の今はどうか。終始人間の技術に対して楽観的な著者ならば、それでも原発を推進すべきと答えるのかもしれません。ただ、人類の進歩と技術にも限界が有るのではなかろうかということを痛感させられたのが福島の事故でもあるので、「今後は大丈夫」というのが著者の言う「合理的な楽観主義」に当たるのか、微妙なところだと思ったりもします。


ともあれ、全体的にはとても面白い本でした。満足度高しです。