「穢翼のユースティア」感想

穢翼のユースティア 初回版

穢翼のユースティア 初回版

オーガスト渾身の傑作!


こんなのやってました。もう3年ほど前の作品になりますが、好評は聞いていたので興味はあったのですよ。ただ、オーガストさんといえばよくも悪くもぬるめの学園ラブコメ的なイメージがありまして(と言っても、自分がプレイしたことあるのは「夜明け前より瑠璃色な」だけですが)、「どんなものかな」と半信半疑的なところがありました。


しかし、やっぱり気になったの購入してみると、これが面白い。予想以上、期待以上の力作でした。絵や音楽、システムは当然のハイレベルとして、なんといってもシナリオの力です。読むのが止まらない、夜更かししてまでプレイした作品というのはいつ以来でしょうか。White Album2も名作でしたが、あれはむしろ心が痛くて進みにくい作品でしたし。ここ最近のブログ更新がおざなりだったのはだいぶ今作のせいだったりします。


ダークファンタジーとも言えるハードで壮大な世界観。空に浮かぶ都市という魅惑的な舞台設定を存分に活かした高い構成力と引き込まれる文章。こう言ってはなんですが、「あれ、オーガストさん、こんなレベル高かったっけ?」と唸らされることしきりでしたよ。素晴らしかったです。



以下ネタバレ込み感想。



■キャラクター
フィオネ
真面目役人のフィオネ。最初に登場した時は、流儀が牢獄のものと違いすぎてどうなることやらと思わされましたが、次第に馴染むとともに、その信念はカイムにも影響をあたえることに。しかし、兄・黒羽の死と、語られた治癒院の真実により大きな打撃を受けてからは、最終章まで思い悩むキャラとなります。その意味では、カイム以上に長く自分の道を探し続けた人と言えましょう。防疫局をやめることも出来ず、さりとて牢獄住民を本気で攻撃することも出来ずと、立場と感情の間で揺れ動く辛い立場。それだけに、ラストでのリシアとの出会いは、彼女の救いになったことでしょう。「反乱側に与する」という選択も頭をよぎったことでしょうが、なんだかんだ言っても、最後まで役人としての任務を果たしました。それは「流された思考停止」ではなく「忠義」だと解釈したいです。血筋なのでしょうね。


生真面目で根は優しいキャラではありますが、敵に対しては容赦なく、割とバッサリ切り捨てていくのが少々意外でもあり、今作らしいとも言えます。ただ個別ルートでは、あれだけ潔癖だった彼女が非合法組織の腐食金鎖に入っちゃうものかなという疑問は残りましたけど。



○エリス
多分、もう一周くらいしないと良く分からないキャラクターです。カイムの周辺警戒装置つきで、他のヒロインと全然仲良くならないのがむしろ新鮮。ありがちな流れだと、ティアの良いお姉さん役になったりするものなんですけどね。


医者としての理知的な顔が好きです。それだけに、2章での壊れていく姿は当初「狂言でやっているのではないか」とすら疑ったものですが……。人形として育った彼女の、唯一の願いが「カイムに依存したい」という欲求で、カイムもまたそんな彼女を育てることに依存していたというならば、それを受け入れるのもひとつの道なんでしょう。2人が良い両親になれるのか少し不安ですが。


ところで、エリスはちょくちょく上層に顔を出していますが、どうやって関所を通っているのでしょうか。実は正規の医師免許を持っていて、それなら行き来自在とか? この点多分、説明がなかったように思うのですが。



コレット
第29代聖女イレーヌ。「聖女というくらいだからおしとやかで純真なキャラなんだろう」というイメージは、実際に会ってみるとすぐに覆されていきます。ギャップ萌えってやつですか。いやまあ、純真は純真なのですが、気が強い。頭が良くて頑固。もしかしたらフィオネと気が合うかと思わないでもないのですが、よく考えると微妙に衝突しそうな気もします。やっぱりラヴィリアタイプじゃないと彼女の相手は務まりにくいかも。


むしろ彼女のインパクトは5章での登場にこそありますね。リシアの前に堂々と立ちはだかり、一度説得されかけた牢獄民を再び決起させるその演説術は、さすがに長年聖女をやってきた貫禄勝ちでした。プレイヤーとしては、この時点で彼女たちのシナリオをみてきているわけで、どちらも感情移入出来るだけに辛いシーンでもあります。反乱をおこせば多大な血が流れるのは承知のうえで、自らの信仰を貫いたコレット。結果的にはそんなに罪があったとも言えない神官長や、全然悪くない次次代の聖女まで死なせてしまっているわけで、それを単純に肯定して良いのかは迷うところですが、強いキャラです。個別ルートの町娘モードも平和で良いんですけどねえ(売り子としてもそのうちトップを取りそうですが)。



○リシア
ちびっ子お姫様奮闘記なわけですが、彼女がメインヒロインを務めた第4章は本作の中でも一番の熱く燃える展開であり、彼女の成長過程もあって人気が高いのも頷けます。まあ、急に変わりすぎだろうという気もしないでもないですが、多分その素質というか伏流みたいなのはずっと彼女の中に流れていて、それがきっかけを経て一気に開花したということなんでしょう。ヴァリアスの説得は、ラスト以上に印象的かつ感動的なシーン。


個別ルートではヴァリアスも生き残ることから、後味の良さもまた本作一番のルートでもあります。というか、メインルートでもカイムはヴァリアスと共闘すべきだったという気もしますけどね。



○ユースティア
今のところオーガスト唯一の、メインタイトルに名前が入ったヒロイン。他社さん含めても意外と珍しいかもしれません。初回特典本でも語られているとおり、ほぼ全編を通じて「ティア」と呼ばれているので、「ユースティア」という本名のほうが忘れられがち。そう呼ばれたのは、最初にラヴィリアに呼ばれた時くらいですかねえ……。


プロローグで印象的な出番があるものの、1〜4章では脇役に引っ込み、5章であらためてメインヒロインとしての存在感を示すというなかなか面白い構成です。ただここは考えどころで、最初からもっとカイムと近づいていく描写があったのなら、最後のカイムの決断にも説得力が増したのでしょうが、他のヒロインルートとの兼ね合いで中途半端になったのがいささか痛いところではありました。


キャラとしては、おどおどと自分を卑下したところがあるかと思うと、逆に開き直って「打たれ強いですから」と言ってしまうマイペースさが同居した、ちょっと不思議な性格。根底には「自分には大切な役割がある」という天使のお告げが支えになっていたため、困難な状況にも耐えうる精神力がありました。そのお告げ自体が彼女を利用するためのものだったというのは、可哀想なことでしたが……。



○カイム
大崩落により辛酸を嘗め、暗殺者としての過去をも持つ主人公。とはいえ、根っこのところはひねくれきってないというか、人が良いので、プレイヤーも感情移入がしやすいキャラとなっていました。なお、主人公ボイスはオーガスト初にして、今のところ唯一の例のようです。個人的にもネットの評判的にも好評だと思ったのですが、「大図書館の羊飼い」では削除されてしまったようで。むむぅ。


5章のカイムの苦悩については不評なようですが、都市の運命を考えれば当然であり、非難する気にはなれません。むしろ、ルキウスと同じく「ティアを犠牲にする」という選択があっても良かったのではないか。むしろ、そこにこそ選択肢をつけるべきだったのではないかという気さえします。4章ではあれだけギルバルトを批判していたことからすれば、その流れもあってしかるべきかと。



○ルキウス
本作の影の主人公。彼の行動こそが物語を動かしていたと言っても過言ではないでしょう。最初に出てきた時からラスボスっぽい雰囲気はあったのですが、腹黒いとか陰謀家とかいうタイプではなくて、むしろ主人公であるカイム以上に真っ直ぐで、現実を変えていこうという意思と能力に満ちた人。平時であれば有能な改革派貴族として普通に活躍していくことが出来たであろうに、未曾有の国難に突き当たってしまったことが彼の不運かもしれません。


しかし、結局のところ、ルキウスの断固たる行動があったからこそティアは天使としてノーヴァス・アイテルを救うだけの力を得たわけで、彼の思いは報われたわけです。ノーヴァス・アイテルにとって、ルキウスを得たのは幸運だったとも言えますね。エンディング後に彼がどういう評価をされていくのか分かりませんが……。


リシアの欄でも書きましたが、彼にとっても(加えてシスティナにとっても)リシアエンドがベストな気がしてきますよ。


■シナリオ
壮大骨太な世界観と、読みやすく引き込まれる文章。基本レベルは高いので文句の付けどころはほとんどありません。


問題はラストで、やはり賛否があるようです。確かに、ティアがいなくなってしまうのは寂しいものです。別のハッピーエンドをつけてくれればと思わないでもありません。ただ、誰もが考えるであろうそのルートをあえて用意しなかったというのが、今作の挑戦だったのでしょう。そこをなんとかと言いたくなってしまうのも事実ですけどねえ。このやるせなさはAIRに近いがあるかもしれません。あるいは、近年の作品で言えばまどかですね(まどかと本作は大体同じ時期の作品ですが)。たとえ本人が納得して望んだことであっても、それしか方法がなかったとしても、別れは理不尽で悲しいものです。おまけシナリオの「楽園幻想」が切なすぎる……。あれはきっとカイムだけの夢ではなく、世界と一体化したティアも望んで、2人で見た夢ではなかったかと。そんなふうに願いますよ。


唯一最大的に気になるのが、個別ルートとメインルートの整合性です。1章・2章ではカイムがそれぞれフィオネ、エリスと結婚までして、結構な時間が流れているようであるのに、都市は落ちていません。3章もしかりで、世界の危機については未解決のままで終わってしまいます。4章のみは天使の力まで判明していますが、解決法は見つかっていない。はて、これはどう解釈すればよいのか……。


2〜4章については、ティアの存在がルキウスに伝わっているので、そこから研究を進めてくれるのかなという予想は成り立ちますが、1章だとそれすら無いんですよね。ううむ……世界が大ピンチ。オーガストさん説明してくれませんかね。


まあ、結局ティアの力に頼らざるをえないとは思うのですが、ギルバルトを一瞬早く制したことにより時間の余裕ができて、ティアを犠牲にしないでも良い方式を発明できたと、そういう風に考えておきますか。テイアが1日数時間程度、力を天使に注げば浮いてられるとか。もっとも、これだとメインルートというのは一番のバッドエンドでもあるという結論になっちゃいそうな……。


あるいは、やはり悲劇的にティアの犠牲が必要であって、しかし、彼女以外の大事な人を思い定めたカイムは嘆きつつもそれを受け入れる。そんな展開もそれはそれでありかもしれません。その場合、ティアが天使イレーヌの滅びの誘惑を打ち破れるかどうかが鍵になりますが……どこかでそんなSSあったりしませんかね。


■音楽
実は勢いに乗ってサントラ購入しちゃいましたので、後日レビューしたいと思います。


■総評
面白かったです。まる。いやほんとにその一言。


これだけ面白いのだからアニメ化してくれないかなと思うのですが、次作「大図書館の羊飼い」が先にアニメ化というところを見ると望み薄か……。2クール以上かければ確実に(もちろん、ある程度の作画演出レベルは前提として)良作以上のアニメになるでしょうに、残念です。もっとも、下手に1クールとか失敗間違いなしのことをやられるよりはマシかもしれませんけどね。