「風立ちぬ」

やっぱり宮崎監督は偉大でした。


感想がいまさらであることからもお分かりのように、それほど期待はしていなかったんですよ。宮崎駿監督作品は基本大好きですが、やはりカリオストロの城から魔女の宅急便あたりまでが全盛期だったかなと(このあたりの評価は人によるでしょうが)。近年の作品は率直な話精彩を欠き、見直したいと思えませんでした。ただ、今回はなにぶんにも長編アニメの「引退作」です。ファンとしては最後の作品を劇場で観るのは義務ではあるまいかと思い、まだ公開している間に行ってきました。


良かったです。飛行機作りに魅せられた青年、堀越二郎の物語。これまでの宮崎作品が少年少女を主役としたファンタジーだったのに比べると、実際の世界で実在の大人をモデルにして描いた作品というのは、それだけで新鮮。御年70過ぎにして新たなことに挑戦するのがすごいことですね。あるいは「ようやく」という言い方もできるのかもしれませんが。また、現実世界を舞台にしたことでファンタジー色を抑えられたことが、良い方向に効いていたなと思いました。ポニョあたりは、どこまで現実でどこまで幻想なんだか訳の分からないところがあったのですが(それが魅力なのかもしれませんが)、今作は筆致が抑制されている分、逆に、地味な場面をきっちりと見せる監督の技を感じました。


二郎は良くも悪くもおぼっちゃまの天才肌なんですね。貧乏な国の中でお金をかけてでも、やりたいことをやる。戦争は嫌いでも戦闘機の美しさに惹かれずにはいかれない。菜穂子を愛していても、あくまで仕事が第一。どの程度史実に沿った人物像なのか知りませんが、宮崎監督自身の姿も投影しているという説は分かるものがありますね。時代の制約の中で、それでも自分のできることをやりきろうとした二郎。好感の持てる主人公でした。あと、サブキャラでは同僚の本庄さんがカッコ良いわあ。


アニメとしての評価で言えば、まず作画ですね。人物はいつもどおりのジブリ風。派手さはありませんが、ナウシカとかラピュタがいつまでも古びないのはこのデザインの普遍性にあるのかもしれないと思ったりします。でもって、いつも以上に描き込みがすごい。二郎のメガネで顔の輪郭がちゃんと歪む描写もすごかったですが、なんといっても関東大震災の時の迫力が圧巻です。地面や建物が揺れるのもすごいし、それいじょうに逃げ惑う人々がわっさわっさと動いているのがすごい。ジブリの技術力というのか人海戦術というのか分かりませんが、とにかく感嘆させられます。他にも、蒸気機関車の煙がだんだんたなびいて薄くなっていったりとか、非常に細かいところまでこだわって描かれているのが伝わりました。


二郎の声が庵野さんであったことも話題を(主に不安的な意味で)呼んでましたが、こちらも「意外と良かった」という印象に。見る前は文句をいう気まんまんだったのですが、予想以上に頑張ってましたよ、庵野さん。……まあ、本当に他に人選はなかったのかという疑問は残りましたけど。


ということで、最高とまでは行いかずとも、良作であったと思います。個人的にはハウルやポニョはもちろん、千尋紅の豚よりも上の評価というあたり。作風が違いので単純な比較はしにくいですけど。劇場まで行った甲斐がありました。あらためて、宮崎監督お疲れ様でした。