「一万年の進化爆発 文明が進化を加速した」

一万年の進化爆発

一万年の進化爆発


刺激的な本でした。人類の進化の話というと数百万年レベルのスケールを思い浮かべてしまいますが、本書が一味違うのは、せいぜいここ数万年。なかでも、タイトルにもあるように最近一万年から現代までの状況にスポットを当てている点です。著者は、多くの人が「人類の進化はもう止まっている」という思い込みをしていると指摘します。しかしそれは誤りで、実際には進化は止まること無く、むしろ以前にも増して加速していると言うのです。


ですが、そんな短期間で進化が進むものなのでしょうか? この疑問についても著者は様々な証拠を提示していきますが、一番分かりやすい例は、人類の肌の色や体格が地域によって大きく異なるという事実で、この話にはちょっと虚を突かれたというか、はっとさせられました。もちろん、人の肌の色が様々であることは誰でも知っているのですが、考えてみればそれはまさに、現生人類がアフリカを出て以来、たったの数万年で環境に適応した進化にほかなりません。ほかにも、犬がオオカミから分離してわずか1万5千年で現在のような多様で、性質もオオカミとは大きくかけ離れた種となったという事例も説得力がありました。人為的な選択があったとはいえ、1万5千年でオオカミがチワワになるのなら、人間だって大きく変わってもおかしくないではありませんか。


そんなふうに納得させてくれたあと、本書は5万年ほど前にあったとされる「大躍進」について、さっそく大胆な仮説を展開します。「大躍進」とは、当時の現生人類が知的・文化的に一気に飛躍を遂げたという説で、その時期を境に、現在でも美的価値の通じる洞窟壁画などが生み出された、というものです。この説自体は聞いたことがあって、「ははあ、そんなことがあるものか」と半信半疑で興味深く思っていたのですが、著者はなんと、その大躍進の要因がネアンデルタール人との混血による進化だと主張するのです。アフリカを出た現生人類がヨーロッパに先住していたネアンデルタール人と出会い、有用な遺伝子を取り込んだのだと。……ううむ、なんというか、ロマンな話ではあります。


また、著者は、遺伝子の突然変異による進化が、歴史において重要な役割を果たしたということも指摘します。たとえば、16世紀、ヨーロッパからの侵入者がアメリカの先住民を屈服させたのは、その武力よりもむしろ、伝染病による力でした。長年旧大陸で病原体にさらされた結果、遺伝子レベルで抵抗力を強めていたヨーロッパ人に対し、アメリカの人々は免疫がなかったのです。また、こちらは仮説になりますが、インド・ヨーロッパ語族の先祖は、乳頭を分解する能力(牛乳を飲んでもお腹を壊さない体質)を手に入れ、それが優位につながったのではないかと推論しています。現在でも、熱帯地方に住む人々は、マラリアに対抗できる遺伝子を持っていることも知られていますしね。


……と、ここまででしたら「ほほう、人類は環境に合わせて適応してきたんだなあ」で話は済むのですが、本書はさらにデリケートな話題に突き進みます。それは「知能」の問題。著者は、アシュケナージ系(ドイツ・東欧系)ユダヤ人は、明らかに優れた知能を持っていると言います。アインシュタインとか、ノイマンとかロスチャイルド家とか有名ですね。


そしてその要因として、彼らが長年に渡って知力が必要な金融業を営み、同民族間での婚姻を繰り返してきたことによる遺伝的選択があったと解説するのです。要するに、頭の良い人ほど金融業で成功するので、子供もたくさん生まれた、という話。


なんでも、IQテストによると、アシュケナージユダヤ人は平均110程度の数値を叩き出すとか。IQの平均が100であることは言うまでもありませんから、これはやはり特別なものがあると思わざるを得ません。従来は、文化とか教育とかが優れているという説明がされてきましたが、数百年かけて遺伝子を鍛えてきたといわれると、ちょっとお手上げです。また、アシュケナージ系ではないユダヤ人は、特にIQが優れているわけでもないと言いますから、ますます説得力はあります。


ただ、ここは面白い反面、非常に危うさを感じる部分でもありました。遺伝的に特定の民族が優れているということが実証されては、またぞろ優生思想や他民族支配の正当化に使われるのではないか? もちろん、科学は理想論やドグマよりもまず事実を最優先に探求すべきものではありますが、今後、「遺伝学により理論付けされた差別」が広まる懸念も感じてしまうところでしたね。


もっとも、現在でも人類の進化が続いているというのが事実であれば、それは希望にもなります。今はまだ情報技術にアップアップの人類ですが、ユダヤ人が数百年で知能が高くなったというのであれば、そのうち適応して、もっともっと充実した未来も築いていけるのではないかと。


そんな、希望と不安を同時に感じる一冊でありました。